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Windows95登場以前、UNIX戦争時、日本はどういう雰囲気だったの? [無断転載禁止]©2ch.net

1 :
仕様書無しさん
2016/08/07(日) 23:15:51.52
いまWebやコンピュータの歴史方面から技術体系の概要を掴もうとしているのですが、
ぼくはWindows95が出てからPC触りだしたので
その前の時代は、いったいどういう風にコンピュータ技術者が過ごして、何を思っていたのかが気になっています

1960年ごろから1990年までのコンピュータ技術者間の雰囲気があんまりわかっていないので
その時代から携わっていた人がいたら、なんとなくでもいいので、よければ当時の雰囲気を教えていただきたいです
2 :
仕様書無しさん
2016/08/08(月) 13:07:33.75
UNIXなんて大学か研究機関でしか使ってなかったんじゃないか?
3 :
2016/08/08(月) 22:00:53.66
海外とは違い「日本はメインフレーム大国だ」と思っておけばいいと思う
事務処理の電子化については、日本は汎用機・オフコンでさっさとやってしまっていた
だから当時の人らは汎用機かオフコンにダム端、COBOLとかアセンブラ、あるいはCでアプリ書いてたんだろう(よく知らない)

70年代末〜80年代末は「コードジェネレータでアプリを書く」という方法がしばしば採用された
日本で「プログラマー不要説」が発生するのはコードジェネレータ使ってた時代があるから

「(コードはジェネレータがやるから)マは要らん、大事なのは要件定義ができるSE」

ってことだな
「Σプロジェクト」以前でもジェネレータを不完全に使ってたらしいんだが、決定版は「Σプロジェクト」から
カネとノウハウ吸い上げて、各社が汎用機向けに作ったジェネレータだ

政府は「BSD OS + IntelのCPU積んだマシン + コードジェネレータ + コードジェネレータのテンプレを集約する『Σセンター』(アプリのソースコードが転送される)」
の組み合わせで、ITシステムの調達コストを下げようと試みた
これが「Σプロジェクト」

参画したメーカー各社は、「Σプロジェクト」の初期1〜2年に腕利きを送り込み、ノウハウとカネだけ吸って
メンバーを交代し、ド素人を政府に送り込んだ
ΣOSとかコードジェネレータはそもそもクソ遅いうえバグ出まくりのものしか出来上がらなかった
その上、当時の通信回線は料金が高かったので、誰も「Σセンター」に接続なんてしなかった
だからΣは失敗した

なお、Σプロジェクトが開始されてから数年後くらいに、各メーカーは自社の汎用機向けの
コードジェネレータを作って外販した

OSに関しては、電機大手とかはSunとかHPと契約結んで海外のOSを使うことで済ませたな
電機大手は自前でBSDを自社製品に移植していたが、それらは捨てたようだ

こっちで以前調べたのはその程度
すでに資料は散逸しているので、大雑把にしか調べられていない
4 :
2016/08/08(月) 22:33:40.30
携帯電話がiPhone&Android登場までは日本産ガラケーばかりだったように、
パソコンもWindows95登場までは日本メーカーが作る独自パソコン(OSの変更なんかできない)だったよ。
エロゲーが豊富なNECのPC-98シリーズ、グラフィックの綺麗なシャープのX68シリーズ、CDドライブ標準搭載の富士通のFM-TOWNS、
ファミコンとパソコンの中間みたいなMSX。
5 :
仕様書無しさん
2016/08/08(月) 22:42:26.79
70年代半ば〜80年代初頭はユーザー企業がソフトを欲したそうで、人件費がマッハ
ドカンと来たのは1980年から
例えば金融機関が試みた「第三次オンライン」計画とかな、金融機関によってシステムの名称はイロイロだが
この人件費高騰が、大ゴケした「第五世代コンピュータ」とか「Σ」に行き着く

その状況にリンクするように、1980年からIBMがユーザー企業にガンガン汎用機を売り込んだ
その頃はソフトはタダ(IBM持ち)
正確にはハードが米国の2倍くらいの価格で売れたからそのくらいオマケでもOKだった

IBMはプロジェクトごとにパートナーを集め、プロジェクト終了で解散させた
でないとコストが安くならんだろ? ソフト開発はIBMの持ち出しだったのだから
で、そのIBM案件に群がる中小ソフトハウスが沸いてきた
H立・T芝・NE〇・不治痛もIBMのビジネスモデルをマネる
これが日本のIT業界の下請け構造の元になった

で、ハードの値段高くねえか? ってユーザー企業の突き上げがあり
IBMは「ハード安くするけどソフトは有償」に方針を切り替える
日本の電機大手もそれに倣う
人がいない? コードジェネレータ使えばいいじゃない
ってなもんだ

70〜80年代は一応内製の部隊もいたようだ
ただ、90年代初頭からの日本の景気後退および「システムではあらかたやりつくした」との経営判断から
内製の部隊は徐々に配置転換で規模縮小、最終的にはオペ要員のみが残る
あるいは子会社にして切り出し、売っぱらいだな

間違いがあるかもしらんから参考程度にしてくれ
6 :
2016/08/08(月) 23:14:09.69
日本の状況を要約すると

70年代末まで: メインフレーム + COBOL/アセンブラ(手書き)

80〜90年: メインフレーム + COBOL/アセンブラ/C(コードジェネレータ)

90〜95年: メインフレーム + COBOL/アセンブラ/C(コードジェネレータ)
あるいはメーカー謹製BSD/Solaris/HP-UX + COBOL/アセンブラ/C(手書き)

だろうか
メインフレーム買えるカネがない企業は「オフコン」になる

Windows95以後に関しては書籍がいくらでもあるからそっちを当たってほしい
7 :
仕様書無しさん
2016/08/08(月) 23:35:15.98
「日経コンピュータ」の1990/2/12号に「Σ計画の総決算 250億円と5年をかけた
国家プロジェクトの失敗」
なんてのがあってコピー取りまくって手元に置いてる
Windows95以前を調べるつもりがあるなら、たぶんそこから逆に辿っていくしかないだろう
ほか、当時の状況をうっすら書いてるのは「マンガソフトウェア革命―Σプロジェクトの全貌」くらいだ

他は75〜95年までの書籍を見て回って調べていくしかない
めんどくさかったら折木奉太郎レベルの奴を探して調べてもらうくらいだろうか

あと1990/2/12の日経コンピュータにITProの木村岳史の記事があってワロタ
岳史のヘイト芸・技術的なド素人さは、当時かららしい
よく編集長やれたなアレ
IoTとかクラウドをうんぬんする前に、「ユーザーは何を記録するのか自分で考える必要がある」くらい啓蒙しろよ、的な
8 :
2016/08/08(月) 23:35:46.60
とりあえずそんなもんだ

あとは古参にインタビューでもしてくれ
9 :
仕様書無しさん
2016/08/09(火) 11:01:17.11
すごく丁寧にありがとう
少しだけ雰囲気がわかりはじめてきたよ
当時から見ると今のSONY、SHARP、東芝の凋落は考えられなかっただろうな
10 :
2016/08/09(火) 20:52:25.94
>>7
木村はそんな時代から居たのかwww
ワロタ
11 :
仕様書無しさん
2016/08/09(火) 21:02:04.81
>>1
まだNECのPC-9801パソコンがシェアトップで、PC-98版のMS-DOSを使うのが普通で、仕事でもPC-98のソフトが多く、エロゲーもいっぱい出ていた。
12 :
仕様書無しさん
2016/08/09(火) 21:07:46.80
>>9
そもそもソニーはMSXをやっていたので1990年前半はパソコンは壊滅してたよ。

シャープはX68000シリーズがまだまだ人気があった。

東芝はパソコンやってたっけ?というレベル。

NEC以外はビジネス用と個人・ボビー用に作り分けていて数は少ないけど法人には導入されていた。

それでも商売としてなりたっていたのはパソコン一台が数十万円もしたから。
13 :
仕様書無しさん
2016/08/09(火) 21:14:54.32
ソニーは任天堂と組んでCD-ROMを使ったゲーム機を作ろうとしたが、任天堂と考えが合わず、破たんして初代プルステが、Windows95より数ヶ月前に登場している。

そのあとWindows95が流行って、PC-AT互換機が日本に入ってきてパソコンが20万円台まで下落、誰も日本のパソコン規格が壊滅するとは思っていなかった。
14 :
仕様書無しさん
2016/08/10(水) 15:46:49.40
いま職場で“若き老害”が増えている
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1608/09/news019.html
15 :
仕様書無しさん
2016/08/10(水) 18:54:15.20
>>1
技術体系の概要なんて
調べてどうするの?
何に使うの?

釣りでしょ?
16 :
2016/08/10(水) 20:02:14.69
SonyはNEWSを作ったが続かなかった。MSXにも手を出したが、たぶん性能の低さにがっかりしたのだろう。
東芝は日本で最初のワープロを作ったりしていたが、大きいコンピュータ側での存在感がなかった。しかし突如ダイナブックで大成功。
シャープは、なんかちゃんと作ってるところと、なんかずれてるところが混在してる感じだよね。X1用のCP/M出してるところとか。でも当時のバカなユーザが欲しいものではなかった。
17 :
2016/08/10(水) 20:04:45.59
>>3
プログラマ不要説が出るようなコードジェネレータなんかあった?
COBOLをはき出す4GLとかが一瞬流行ったけど、一瞬だよ?
18 :
仕様書無しさん
2016/08/10(水) 21:11:44.69
懐古厨しかいない過疎化した掲示板の末路
19 :
仕様書無しさん
2016/08/10(水) 21:57:02.70
>>18
おまえこのスレが何のスレッドかわかっているのか?
20 :
2016/08/10(水) 22:32:03.21
宿題を他人にやってもらうスレだろう?
21 :
2016/08/10(水) 22:59:54.76
一人一台PCが当たり前でなく、コーディングは紙の上でやってた。
修正は既存のソースリストを切り貼りして手で文字書き込んで
こう修正します、っていうのをレビューにかけてた。

今考えると非効率だが偉い人が製品の初期から携わっていて
いろいろ教えてもらい右往左往せずに済んだのは幸運だったと思う。
22 :
2016/08/10(水) 23:45:44.47
ワープロ専用機の時代はそれなりにあったよね。
親指シフトなんていう専用のキー配列があって、
ブラインドタッチを習得した俺はアホか。
23 :
2016/08/10(水) 23:50:34.36
親指シフトはまだあるんじゃないの?
24 :
仕様書無しさん
2016/08/11(木) 02:07:30.53
>>22
昔はワープロ専用機とパソコンの区別がつかない人が多かったけど、いまでも高齢者は区別が付かない様子。
25 :
2016/08/11(木) 08:00:27.53
ワープロ専用機も末期は多機能でPCみたいに好きなアプリを入れたりはできなかった
けど割といろいろできた。

Σプロジェクト含むUnix方面の国内の話題だと渡邊克宏さんのページが
まとまってると思う。
http://katsu.watanabe.name/doc/
http://katsu.watanabe.name/doc/comphist/
26 :
仕様書無しさん
2016/08/11(木) 16:28:36.66
>>19
昔話を自慢したいだけの老害専用スレだろ?
27 :
仕様書無しさん
2016/08/11(木) 16:29:17.39
いま職場で“若き老害”が増えている
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1608/09/news019.html
28 :
2016/08/11(木) 21:34:43.84
>>1
雑誌とか捨ててないのは蔵書が数百万の大学図書館くらいだな
本をかたしてたら出てきた ttp://imgur.com/a/XiD1X

>>10
岳史の記事 ttp://imgur.com/a/IwHyV
29 :
2016/08/12(金) 01:20:31.85
>>17
「現時点の手持ちの情報では」そうだろうと仮定している、というくらいだ
「中〜大規模案件」の「業務系」については、だが

例えば富士通「MANASYS」、日立「ETOILE/OP」、NEC「IDLU」とかは汎用機用にまるっと画面からコードから出した、ってな話
ユニシスもなんかJASMACとか出してたらしいのだが、ただのジェネレータか、画面までまるっと行けるのかは知らん
IBMの「CSP」、その他海外勢のはRailsに近いような印象を受けた、MVCのVがない? 

正直、95年以前のは断片的にしか資料がなくてわかってないのは認める

ただ現在では、みずほ案件で使ってる富士通の「InterDevelop」とか
日立の「DataStage」の類とか(別の銀行で使ってる話は聞いた)
どっかのサンディ(というディスカウントストア)がなんかしらジェネレータ使ってるとか(何かまでは聞けてない)
そういう事例があるので、過去に似たような現象が「業務系決め打ち」であったんじゃないかと推測している

そういうのがなければ「プログラマーなんて腰掛け」という話が出てくるとは思えんからな
プログラマーの地位がコンビニのバイト君レベルになるまで低くなった技術があったと仮定したほうがうなづける、ということ

どっかの自治体案件で変数名がイミフの羅列になってるCOBOLとか見たことあったし……
という個人的な状況もある
30 :
2016/08/12(金) 01:30:14.28
ま、もっと昔なのかも知らんがな……正直にその点は認める
事実らしきものをかき集めた推測だしな

日本の業務系に於けるプログラマーの地位の低さは何があったせいなのか?

米国では「コーダー(あるいはキーパンチャー)」は消滅してプログラマーが残った

日本では「SEが仕様書を書いて、キーパンチャー(コーダーないしはプログラマー)に流すのが当然」の気風が未だ存在する
アセンブラ以上の抽象度になるとフローチャートとかでは1対1になるわけでもないから
設計漏れが発生するの当然なのに
「仕様書通り」があり得ると考えている連中が多いのはなぜなのか?
っていうか1画面ごとにシーケンス図書く(現代のフローチャートだろう)とかイラっとする

というのをヒマな時に調べてるだけだ
何かそれっぽい資料があったら、正直教えてほしいところ
31 :
2016/08/12(金) 02:07:12.17
日立「いートイレ」

出す前に止める奴いなかったのかよ
32 :
2016/08/12(金) 23:33:57.27
>>31
フランス語で「エトワール」と読むそうだ
おフランスのProlog言語にでも影響を受けたのかもしらね
「第五世代コンピュータ」の絡みで
33 :
2016/08/21(日) 21:12:27.06
もう誰もいないだろうからメモ書きにでも使うか

90年初頭からERP、SEはまあそういうシステム導入の人という扱いになったのかもしれない
34 :
2016/08/21(日) 22:05:35.19
ハードにOSが付くか付かないかでもめてた
35 :
仕様書無しさん
2016/09/13(火) 03:11:39.51
82年?以降 → 4GL(コードジェネレータ)
90年代 → ERP導入

ってのがSEの仕事だったのだとさ
36 :
2016/09/13(火) 07:45:17.40
スーパー301条でボコボコにされてた
37 :
仕様書無しさん
2016/10/23(日) 19:36:45.23
1980年代はパソコンと言えばとにかくBASICだった
画面でカーソルが点滅しているのでコマンドを打って楽しむ
例えば「PRINT 2+2」とすると「4」と表示される
最初に数字を入れてからコマンドを入れるとそれが「行番号+コマンド」のプログラムとして記憶される
F5キーを押す(またはRUNと打ち込む)とそれが行番号の小さい所から順番に実行される
つまりBASICがOSとプログラミング言語を兼ねていた感じ

その次はMS-DOSの時代
この頃はファイラーというソフトが各種作業場になっていた
この頃のフアイラーは文字だけで表示されるエクスプローラーみたいなもん
これにはFDとかFILMTNとか色々あったがWindows3.1が出たら色あせた
プログラミングはC言語が主流だった

そしてMS-DOS+Windows3.1の時代があってWindows95へ
プログラミングはビジュアルBASICを使う人がガッと増えた
ビジュアルBASICと昔のBASICはかなり別もん

MS-DOSの前にCP/Mというのもあったが詳しくは知らない
38 :
仕様書無しさん
2016/10/23(日) 21:25:38.71
過疎化した掲示板には懐古厨しかいない
39 :
仕様書無しさん
2016/10/23(日) 21:28:43.24
MS-DOSはCP/Mの仕様からのパクリやで
40 :
2016/10/24(月) 01:37:09.64
F5キーがすべて共通だと思ってるあたり、
今でも使えない人なんだなあって思う。
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